楽天市場デイリー
amazonCD
カレンダー
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>

中年のやわらかウェッブ
<< 2015年02月18日のつぶやき | main | 再会 >>

二十年後

オー・ヘンリーの短編小説。
そのあらすじと感想などを

私が中学生だった頃
英語の教科書の一番最後の章だった。
その学年最後の方の授業でやるにふさわしい内容のような感じがした。
題名の通り
二十年後の再会で盛り上がるのかと思った。

モノクロの挿絵がいくらかあったのだが

ニューヨークの夜の商店街に

2人の男達が再会を喜び合ってた場面があった。

20年後も変わらない友情で再会しようってことなのか。

中学校の教科書らしい話だ・・・

「After twenty years」
どんな内容なのかと
授業でやるのを心待ちにしていた。
その前に予習してもよかったのであるがw

英語も最初のうちは予習してたものだから

結構良い点数をとっていたのだが

だんだんやらなくなってきていた・・・

アメリカのニューヨークが舞台。
1900年頃か。
登場人物は二人の男性
友人同士で
ある日の二十年後、またここで会う約束をし
今日が、その日である。
一人はまじめな人間
もう一人は(アメリカの)西部で一発当てようとしていた人間。

 

20世紀初頭のニューヨーク。

まだそんな時間ではないが小雨が降り、人がいない。

もともと朝早く夜も早い商業地区。

いくらか夜遅くまでやってる店の明かりがあるだけ。

そんななかをある警官がパトロールしている。
その描写は目に浮かびやすい。

「印象深げに歩いていた」「これ見よがしに歩いていた」とある。

警棒をふりかざにながら

「あちらよーし」「こちらよーし」「鍵はかかってるか?」というように

警棒をピシッ、ピシッと決めながら

パトロールをしている。

そこら辺の警官なら

適当にパトロールしてるのだろうけど

この警官は大げさな動作をしていかにも

「私はパトロールをしてますよ」とか

誰かに見られてるから、ちゃんとやらなきゃとか感じる動作だ。

しかし

「これ見よがしなのは習慣的なものである。見てる人はいないのだから」と弁明している。

いつも、こうだというのだ。

私も思うことがある。

仕事をしていても、最近年をとってきたので

なかなか体が動かず

一つの動作をするにも

「どっこいしょ」とか掛け声をかけたり

気合を入れるため通常より大きな動作をする。

若いころのように勢いで仕事ができなくなったw

私もパトロールしてたら

普通より大きな動作をして
リズムを整えながらやるかもしれない。

オー・ヘンリーの小説には度々警察がでてくる。
他の小説にも大事な役回りとしてでてくる。
この「二十年後」もそうだ。
それはオー・ヘンリー自身、警察にお世話になってるからだ。

西部からやってきた男が待ち合わせしてると
その警官と鉢合わせになる。
ここで二人は世間話となる。

 

怪しいもんではないよと西部からやってきた男はいう。


そして警官がその場から去ると
もう一人の男がやってくる。
西部から帰ってきた男が待っていた人物であろうか。
どうやら"そのようであるらしい"。
そのもう一人の男は西部から帰ってきた男に声をかけてきたし
名前も知っていた。

しばらく懐かしんでいたが
よく見ると"友人では"なかった。
西部から帰ってきた男は
違法に成功してきたようだ
逮捕状が出ていて
その「もう一人の男」である刑事に逮捕されてしまった。

実は最初に出てきた警官が本当の友人で
自分が逮捕することにしのびなかったようだ。

最初のほうに「これ見よがしなのは習慣的なものである」とはいってるが

本当は久々の友人に会うのでウキウキしているという説もあったりする。

 


内容としてはこれだけのことなのだが
色々思うことが多い。

ニューヨークの夜の商店街の街角。
ここ自体が何か雰囲気ある所であるが
警官としては、もっと色々話したいことがあったのではないかと思う。
それが世間話までにとどめられたのは
職務だけが理由じゃなかったのだろう。
かつての友人としては
犯罪人とはもう仲良くなれないとか
本当は色々話したかったが、お互いの今後のためにとか
色々話したかったが、逮捕しなければならないので、
この警官の「世間話にとどめておく」のが以上のように余韻が残る。

あとオー・ヘンリーのほかの小説は
わかりやすい教訓というかオチがあるものが多い。
しかし、この「二十年後」は何が言いたいのか、私にはわかりにくい。
「西部で違法に成功しても、そう簡単にはいかない」ということは書かれてるのだが
これだけではないと思う。
逮捕された後、本当の友人である警官から、この西部から帰ってきた男に渡された手紙があるが
これは短い文であった。文章にも「手紙はむしろ短かった」と書いてある。
やはりこの「短い」に注目する。
あと「世間話にとどめる」ということを。

かつては友人同士であったが
二十年という長い時間で
各人はいろいろ変わっていく
二十年ぶりに会ったら
色々長い話をしたいが
その置かれた立場によっては
「短く」「とどめなければならない」
のだろう。

 

評価:
飯島 淳秀,オー ヘンリー
角川書店
---
(1989-05)
Amazonランキング: 1015599位

評価:
オー・ヘンリー
IBCパブリッシング
¥ 735
(2005-07-22)
Amazonランキング: 129752位

0
    一般、要するに思いつきの記事
    | 2015.08.19 Wednesday15:39 | comments(0) | trackbacks(0) |

    スポンサーサイト

    0
      -
      | 2017.05.19 Friday15:39 | - | - |









      http://shun.jugem.cc/trackback/464
      トラックバック